日本の蝶の中に”高山蝶”と呼ばれる蝶がいます。高山蝶は標高の高い場所にのみ生息する蝶です。
高山蝶の明確な定義はありませんが、概ね本州では標高が1,500m以上、北海道では1,000m以上の標高の高い場所に生息している蝶です。
高山蝶は氷河期に反映していた蝶が温暖化により気温の低い高山に追いやられ、現在は標高が高い場所にのみ生息地がある蝶です。高山は天候の変動も激しく、生物にとっては非常に厳しい環境であると言えます。そのような環境下でもたくましく生きているのが高山蝶です。
この記事では、日本に生息する高山蝶を紹介します。
高山蝶の種類
前述の通り高山蝶には明確な定義があるわけではありませんが、1959年に出版された田淵行男の「高山蝶」などを参考にすると、一般的に本州では9種類、北海道では5種類が高山蝶としてよく紹介されています。この記事では、これらの蝶を高山蝶として扱います。
具体的には、以下の蝶を高山蝶とします。
本州の高山蝶
本州には、本州中部の日本アルプスの高山帯を中心に9種類の高山蝶が生息しています。
タカネヒカゲ、ミヤマモンキチョウ、ベニヒカゲ、クモマベニヒカゲ、タカネキマダラセセリ、ミヤマシロチョウ、オオイチモンジ、コヒオドシ、クモマツマキチョウ
このうち、本当の意味で高山帯にのみ生息する高山蝶はタカネヒカゲとミヤマモンキチョウの2種類です。本州の高山蝶は、北海道の高山蝶と比較すると古い時代に飛来した可能性が高いとされています。
北海道の高山蝶
北海道には、主に大雪山の高山帯に5種類の高山蝶が生息しています。
ウスバキチョウ、カラフトタカネヒカゲ、アサヒヒョウモン、クモマベニヒカゲ、カラフトルリシジミ
これらの蝶が北海道に飛来した正確な年代は不明ですが、最後の氷河期であるウルム氷河(約1万年前)の時にシベリアからサハリンを経由して南下してきた可能性が高いとされています。当時は大陸と陸で繋がっていました。
その後、温暖化が進行して、約7,000万年前の縄文時代には現在よりも2℃程度気温が高かったと言われています。そのため、この頃は高山蝶は生息できる地域が非常に限定されていたと思われます。その後は徐々に気温が低下していくに従い、生息地を徐々に広げながら現在の分布になったと考えられます。
富士山に高山蝶はいる?
ところで、日本の最高峰である富士山には高山蝶は生息しているのでしょうか?
実は、富士山には高山蝶は1種類も生息していません。
富士山は標高は高いですが、高山帯の蝶の種類は単調で、蝶を観察するために登ることはオススメしません。高山蝶はいませんが、富士山は山麓の草原に独特の環境が広がっており、絶滅が危惧される蝶が多数生息していますので、富士山で蝶の観察を行う場合は山麓の草原を目指すようにしましょう。
これまでに観察した本州の高山蝶
本州の高山蝶9種類のうち、これまでに私が観察した蝶を紹介します。
ミヤマモンキチョウ
分布 | 本州 |
生息環境 | 高山 |
発生回数 | 年1回 |
成虫が見られる時期 | 7月から8月頃 |
越冬の状態 | 幼虫で越冬 |
食草 | クロマメノキ |
亜種 | 浅間山亜種、飛騨山脈亜種 |
ミヤマモンキチョウは本州中部の高山帯にのみ生息する蝶で、主に標高1,700m以上の高山に生息する蝶です。地理的変異があり、浅間山に産する浅間山亜種と、飛騨山脈に産する飛騨山脈亜種がいます。成虫は年1回の発生で、7月から8月頃に見られます。
ベニヒカゲ
分布 | 北海道、本州 |
生息環境 | 高山 |
発生回数 | 年1回 |
成虫が見られる時期 | 7月から9月頃 |
越冬の状態 | 幼虫で越冬 |
食草 | ヒメノガリヤスなど |
亜種 | 北海道亜種、本州亜種 |
ベニヒカゲは北海道と本州に生息し、北海道では平地から山地にかけて生息しますが、本州では主に標高1,500m以上の高山に生息する蝶です。成虫は年1回の発生で、近縁種のクモマベニヒカゲよりも発生時期はやや遅く、7月下旬から9月頃に見られます。地理的変異が大きい蝶としも知られます。
クモマベニヒカゲ
分布 | 北海道、本州 |
生息環境 | 高山 |
発生回数 | 3年に1回 |
成虫が見られる時期 | 7月から8月頃 |
越冬の状態 | 卵と幼虫で越冬 |
食草 | イワノガリヤスなど |
亜種 | 北海道亜種、本州亜種 |
クモマベニヒカゲは北海道と本州に生息し、北海道では標高800m程度の場所にも生息しますが、本州では主に標高1,800m以上の高山に生息する蝶で、近縁種のベニヒカゲよりも標高の高い場所に生息します。成虫は近縁種のベニヒカゲよりも発生時期はやや早く、7月から8月頃に見られます。一世代の交代に3年を要し、1年目の冬は卵で越冬し、2年目の冬は幼虫で越冬し、3年目で蛹化して成虫になります。
ミヤマシロチョウ
分布 | 本州 |
生息環境 | 高山 |
発生回数 | 年1回 |
成虫が見られる時期 | 7月から8月頃 |
越冬の状態 | 幼虫で越冬 |
食草 | ヒロハヘビノボラズなど |
亜種 | なし |
ミヤマシロチョウは本州中部の高山帯にのみ生息する蝶で、高山に生息する蝶の中でも生息地と個体数の減少が著しく、絶滅が危惧される蝶です。主に標高1,200mから2,000mの高山に生息する蝶です。成虫は年1回の発生で、7月から8月頃に見られ、花の蜜や地面の水分などを好んで吸います。飛び方は緩やかで、滑空するように飛びます。
オオイチモンジ
分布 | 北海道、本州 |
生息環境 | 山地 |
発生回数 | 年1回 |
成虫が見られる時期 | 7月から8月頃 |
越冬の状態 | 幼虫で越冬 |
食草 | ドロノキ、ヤマナラシなど |
亜種 | なし |
オオイチモンジは北海道と本州に生息し、北海道では平地でも普通に見られますが、本州では標高1,000mから2,000m程度の山地に生息します。日中は樹の上を滑空するように飛び、樹液や獣糞の汁などを吸います。成虫は年1回の発生で、6月下旬から8月中旬ごろに見られます。
クモマツマキチョウ
分布 | 本州 |
生息環境 | 高山 |
発生回数 | 年1回 |
成虫が見られる時期 | 5月下旬頃から6月頃まで |
越冬の状態 | 蛹で越冬 |
食草 | ミヤマハタザオ、イワハタザオなどのアブラナ科 |
亜種 | 飛騨山脈亜種、赤石山脈・八ヶ岳亜種 |
クモマツマキチョウは高山蝶の1種とされ、主に標高1,000m~2,000mの高山に生息します。オスは前翅の先端が鮮やかな橙色になるのが特徴です。成虫は年1回の発生で、標高1,000m程度の場所では4月下旬頃から見られ、標高が高くなるに従い発生時期は遅くなります。標高1,500mあたりでは5月下旬頃から6月頃にかけて見られ、標高2,000m付近では7月頃に見られます。
これまでに観察した北海道の高山蝶
北海道の高山蝶5種類のうち、これまでに私が観察した蝶を紹介します。
ウスバキチョウ
分布 | 北海道 |
生息環境 | 山地 |
発生回数 | 年1回 |
成虫が見られる時期 | 6月頃から7月頃まで |
越冬の状態 | 蛹で越冬 |
食草 | コマクサ |
亜種 | なし |
別名キイロウスバアゲハ。北海道の大雪山系の山頂付近にのみ生息する高山蝶で、地面を這うように飛びます。成虫は5月下旬ごろから発生し始め、7月下旬頃まで見ることができます。アゲハチョウ科の中では原始的なグループに属すると考えられています。似た種は特にいないため、容易に見分けることができます。
本種は「文化財保護法」に基づき1965年5月12日に天然記念物に指定されていて、採取禁止となっています。また、本種の幼虫は、同じく天然記念物であるコマクサを食草とします。環境省レッドリスト2020では「準絶滅危惧(NT)」に分類され、「現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種」とされており、今後の動向に注意が必要です。
カラフトルリシジミ
分布 | 北海道 |
生息環境 | 山地 |
発生回数 | 年1回 |
成虫が見られる時期 | 7月から8月 |
越冬の状態 | 幼虫で越冬 |
食草 | ガンコウラン、クロマメノキなど |
亜種 | なし |
カラフトルリシジミは日本では北海道の特産種です。主に高山帯に生息する蝶で、生息地は局地的です。根室半島では、海岸付近の湿地にも生息しています。成虫は年1回の発生で、7月から8月に見られます。成虫は花から吸蜜したり、地面から吸水し、時には集団で吸水する光景も見られます。
オスは翅の表面が青色に輝くのに対して、メスは灰色となることからオスとメスを見分けることができます。
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